森田童子 夜想忌

2020年4月24日

森田童子さんの歌を知ったのは1976年だったと思う。当時京都に住む高校生だった私は、学校帰りにジャズ喫茶やロック喫茶に足を運ぶのが日常だった。フリージャズやプログレッシブロックに傾倒していた頃で、新しい音楽の情報を仕入れるためには音楽喫茶に入り浸るのが一番効率が良かったのである。

京都市内、今出川通りと寺町通りの交差点に古い店作りのパン屋があり、その二階に"空(くう)"という名前のフォーク喫茶があった。有名な喫茶店"ほんやら洞"のすぐ近くにその店はあったが、"ほんやら洞"はどちらかと言えば大学生の集う店であったため敷居が高く、あまりお客さんがいなかった"空"のほうが居心地が良かったのだと思う。

たぶん新譜だったのだろう。空の店内で森田童子さんの「マザースカイ」がかかった。1曲目の『ぼくたちの失敗』の旋律に、一気に心を奪われた。当時私はピンク・フロイドやジェネシスに代表されるような幻想的なプログレサウンドに女性ボーカルが重なればいいなと思っていた頃だった。リヴァーヴがかかってなんともいえない音空間を感じた『ぼくたちの失敗』に感動し、そして歌詞の内容に惹かれていった。店長さんに森田童子さんのことを教えてもらい、帰りにはレコード店でアルバムを買った。

翌年「A BOY」リリースにあわせて森田童子さんのツアーが行われ、京都会館で開催されたコンサートにひとりで足を運んだ。その頃には1stの「グッドバイ」も入手していたし、「A BOY」も発売日に買った。当時一番好きな曲は『逆光線』で、ライブでこの曲が演奏され、私は瞬きする時間も惜しいほどに森田童子さんの姿を見つめていた。「A BOY」では『G線上にひとり』がフェイバリットになった。また1978年発売の「東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤」のツアーでも、京都会館で再度森田童子さんのコンサートを見に行った。私が森田童子さんの生演奏を聴いたのはこの2回だけである。

大学生になった私はもう通常の音楽では飽き足らず、アヴァンギャルドな即興演奏やノイズを演奏するようになっていた。1979年には轟音と暴力的なステージパフォーマンスをまき散らすバンド・非常階段を結成。特に1980年から1982年までの3年間が非常階段のライブが一番過激と評された時期で、もうステージで死んでもかまわないし何もかもがどうなってもいいような荒んだ気持ちはこの頃に頂点に達していたように思う。

そんな時に森田童子さんの「ラストワルツ」が発売された。ノイズを信条としていた時期だから、フォークソングなんてと思っていたのは間違いない。でも森田童子さんの全アルバムの中で一番空虚なイメージのするジャケットのこのレコードは、買った。自室でターンテーブルにレコードを乗せ、『みんな夢でありました』を最初に聴いた時に、心の奥底からすさまじい絶望感が沸き起こり、私は床にへたり込んでしまった。後にも先にも音楽を聴いてこんな経験をしたのはこの瞬間しかない。『たとえばぼくが死んだら』を聴いた時はもう完璧に打ちのめされて座っていることすら出来ず、寝そべって泣き崩れていたように思う。自分の音楽はここで死んだ、これこそが音楽の終わりを告げる歌なのだ、そう思った。

私が「ノイズの向こう側から森田童子さんの歌が聴こえてきたらいいな」という思いを"スラップ・ハッピー・ハンフリー"というユニットで実現させるのはその10数年後である。

時代は21世紀になり、平成の最後の頃に森田童子さんが亡くなってもう2年もたった。もちろん現役で歌っておられる頃もシーンから姿を消されてからも、本人と対面することはなかった。私は40年以上も音楽を続けていて、森田童子さんと同じ時期に大好きだったミュージシャンの佐井好子さんや早川義夫さん、三上寛さん、頭脳警察のPANTAさんやトシさん、坂田明さんなどとは共演を実現しているだけに、森田童子さんと共演出来なかったのはとても残念だけれども、しかしながら彼女が歌うのをやめたということを大切に受け止めたいとも思っている。

森田童子さんの歌は唯一無二だし、今後も同じようなシンガーは出てこないだろう。歌は永遠に残る。それでいいように思う。

もしひとつだけ私の願いが叶うなら、森田童子さんの単行本が1冊でいいから出て欲しいなあ。森田童子さんのディスコグラフィ、全歌詞、ライブ公演データ、関係者のインタビュー、そして海底劇場の写真を満載した本があったらいいな。私が生きている間に、三上さんよろしくお願いします。

1959年京都生まれ。"KING OF NOISE"非常階段のリーダーとして1970年代後半よりノイズ、パンク、アヴァンギャルド等アンダーグラウンドシーンで活動し、そのノイジーなギターで40年以上のキャリアを持つ関西を代表するアーティストである。現在は音楽活動の傍ら断易占い師としても活躍中。

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