夜想忌 森田童子

いつも当サイトをご覧いただきありがとうございます。

かねてよりお知らせしてきました『夜想忌3 ~ぼくたちの失敗~ 森田童子三回忌』ですが、今般の新型コロナウイルスの感染状況を鑑み、当初予定していました4月25日(土)の開催を取りやめ、延期することといたしました。

延期日程は現時点で未定ですが、諸々の調整をはかり、なるべく早く決定して、当サイトおよび主催者Twitterにて皆さまにお知らせしたいと思っています(Twitterをフォローしていない方はぜひフォローをお願いします)。

森田童子さんの命日からは少し遠くなる開催になるとは思いますが、〈夜想忌〉の(そして森田童子さんの)本質には影響ないとの判断をいたしました。

なお、映画『夜想忌』にご支援いただいた皆さまにはすでに個別メールにて全員にお知らせしていますとおり、この延期に伴いましてリターンのスケジュールも延期となりますことをご了承ください。

そのあたりのことにつきましては、延期日程が決まり次第、改めて皆さまにご連絡を差し上げます。

楽しみにお待ちいただいていた皆さまには大変残念なお知らせをすることとなってしまいましたが、どうかご理解とご了承をいただきますようお願い申し上げます。

最後になりますが、中止にするつもりは微塵もありません。
近々にお知らせする予定の延期日程をお待ちください!

2020年4月24日

森田童子さんの歌を知ったのは1976年だったと思う。当時京都に住む高校生だった私は、学校帰りにジャズ喫茶やロック喫茶に足を運ぶのが日常だった。フリージャズやプログレッシブロックに傾倒していた頃で、新しい音楽の情報を仕入れるためには音楽喫茶に入り浸るのが一番効率が良かったのである。

京都市内、今出川通りと寺町通りの交差点に古い店作りのパン屋があり、その二階に"空(くう)"という名前のフォーク喫茶があった。有名な喫茶店"ほんやら洞"のすぐ近くにその店はあったが、"ほんやら洞"はどちらかと言えば大学生の集う店であったため敷居が高く、あまりお客さんがいなかった"空"のほうが居心地が良かったのだと思う。

たぶん新譜だったのだろう。空の店内で森田童子さんの「マザースカイ」がかかった。1曲目の『ぼくたちの失敗』の旋律に、一気に心を奪われた。当時私はピンク・フロイドやジェネシスに代表されるような幻想的なプログレサウンドに女性ボーカルが重なればいいなと思っていた頃だった。リヴァーヴがかかってなんともいえない音空間を感じた『ぼくたちの失敗』に感動し、そして歌詞の内容に惹かれていった。店長さんに森田童子さんのことを教えてもらい、帰りにはレコード店でアルバムを買った。

翌年「A BOY」リリースにあわせて森田童子さんのツアーが行われ、京都会館で開催されたコンサートにひとりで足を運んだ。その頃には1stの「グッドバイ」も入手していたし、「A BOY」も発売日に買った。当時一番好きな曲は『逆光線』で、ライブでこの曲が演奏され、私は瞬きする時間も惜しいほどに森田童子さんの姿を見つめていた。「A BOY」では『G線上にひとり』がフェイバリットになった。また1978年発売の「東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤」のツアーでも、京都会館で再度森田童子さんのコンサートを見に行った。私が森田童子さんの生演奏を聴いたのはこの2回だけである。

大学生になった私はもう通常の音楽では飽き足らず、アヴァンギャルドな即興演奏やノイズを演奏するようになっていた。1979年には轟音と暴力的なステージパフォーマンスをまき散らすバンド・非常階段を結成。特に1980年から1982年までの3年間が非常階段のライブが一番過激と評された時期で、もうステージで死んでもかまわないし何もかもがどうなってもいいような荒んだ気持ちはこの頃に頂点に達していたように思う。

そんな時に森田童子さんの「ラストワルツ」が発売された。ノイズを信条としていた時期だから、フォークソングなんてと思っていたのは間違いない。でも森田童子さんの全アルバムの中で一番空虚なイメージのするジャケットのこのレコードは、買った。自室でターンテーブルにレコードを乗せ、『みんな夢でありました』を最初に聴いた時に、心の奥底からすさまじい絶望感が沸き起こり、私は床にへたり込んでしまった。後にも先にも音楽を聴いてこんな経験をしたのはこの瞬間しかない。『たとえばぼくが死んだら』を聴いた時はもう完璧に打ちのめされて座っていることすら出来ず、寝そべって泣き崩れていたように思う。自分の音楽はここで死んだ、これこそが音楽の終わりを告げる歌なのだ、そう思った。

私が「ノイズの向こう側から森田童子さんの歌が聴こえてきたらいいな」という思いを"スラップ・ハッピー・ハンフリー"というユニットで実現させるのはその10数年後である。

時代は21世紀になり、平成の最後の頃に森田童子さんが亡くなってもう2年もたった。もちろん現役で歌っておられる頃もシーンから姿を消されてからも、本人と対面することはなかった。私は40年以上も音楽を続けていて、森田童子さんと同じ時期に大好きだったミュージシャンの佐井好子さんや早川義夫さん、三上寛さん、頭脳警察のPANTAさんやトシさん、坂田明さんなどとは共演を実現しているだけに、森田童子さんと共演出来なかったのはとても残念だけれども、しかしながら彼女が歌うのをやめたということを大切に受け止めたいとも思っている。

森田童子さんの歌は唯一無二だし、今後も同じようなシンガーは出てこないだろう。歌は永遠に残る。それでいいように思う。

もしひとつだけ私の願いが叶うなら、森田童子さんの単行本が1冊でいいから出て欲しいなあ。森田童子さんのディスコグラフィ、全歌詞、ライブ公演データ、関係者のインタビュー、そして海底劇場の写真を満載した本があったらいいな。私が生きている間に、三上さんよろしくお願いします。

1959年京都生まれ。"KING OF NOISE"非常階段のリーダーとして1970年代後半よりノイズ、パンク、アヴァンギャルド等アンダーグラウンドシーンで活動し、そのノイジーなギターで40年以上のキャリアを持つ関西を代表するアーティストである。現在は音楽活動の傍ら断易占い師としても活躍中。

夜想忌シネマ

一周忌に開催した『夜想忌2』のトークゲスト、映画監督の高橋伴明さんと、会場にお越しいただいていた直木賞作家の朱川湊人さん、女優の佐伯日菜子さんがタッグを組み、森田童子の世界をオリジナル短編映画にしよう、その作品を『夜想忌3』で上映しようという、まさに〈夜想忌〉から生まれたプロジェクトが始動しています。

当サイトで呼びかけた映画製作へのサポートには、予想だにしなかったたくさんの皆さまから、熱いご支援をいたたきました。心より御礼を申し上げます。

森田童子ファン、ご賛同いただいた一人一人の熱意にあふれるご参加で、この企画は実現しつつあります。

詳しくは夜想忌シネマのページをご覧ください。

森田童子

生きて行く上での孤独感や絶望感、虚脱感などが痛切に伝わって来る歌詞、それでいて不思議な温かみを感じる声など、一度聴くと虜になる人が多い森田童子の楽曲群。

森田童子が実際に活動した期間は1975年から1983年までのわずか8年間。
それぞれの楽曲にはその時代の感覚も色濃く投影されていますが、当時をまったく知らない現在の若い人々に(おそらく未来の若者にも)リアルな共感をもって受け入れられているのは、カルチャーシーン全般を通しても珍しい例ではないでしょうか。

また、活動していた当時を知っている人々にも森田童子は非常にミステリアスな存在でした。
カーリーヘアとサングラスで素顔を隠し、私生活を明かすことも引退の表明もしないままに姿を消し、リバイバルヒットの際にも人前には一切現れませんでした。

そして、2018年4月24日に亡くなっていたことが伝えられましたが、これも著作権の手続き上、日本音楽著作権協会(JASRAC)会報で関係者向けに訃報が掲載されただけで、世間に知らせる意図はなかったようです。

それほど謎に包まれ、しかも限られた期間の活動しかしていないアーティストが時代を超えてここまで人々の胸に深く入り込み、生き続けている。
それは過去も現在も、おそらく未来も変わることなく、人が生きている限り逃れられない痛みを伴った現実であると同時に、かすかな温もりに包まれる、ひとときの救済のようにも思えます。

今後、森田童子の「没後ファンになった」という人たちにたくさん出会える予感がしてなりません。

お知らせ

JOJO広重さんの三回忌特別寄稿

2020年4月24日(金)は、森田童子さんの三回忌です。

既にお知らせのように〈夜想忌3〉は延期になっておりますが、三回忌にJOJO広重さんからの特別寄稿が届いています。是非ご覧ください。

JOJO広重さん、ありがとうございます。

再開の折には〈夜想忌3〉の会場で、必ずや皆さまとお会いできますように。

支援者および関係者の皆さまへ

今般の新型コロナウイルスの発生状況を受けまして、まことに残念ながら予約しておりました試写会場が使えない事態となってしまいました。

また、先の見えない現在の感染状況を鑑みまして、3月中の試写会は見送らざるをえないものと判断致しました。

さらに、リターンの「プライベート飲み会」につきましては4月4日で内々に予定していたのですが、それも延期せざるをえない状況です。

加えまして、4月25日(土)のイベント〈夜想忌3〉につきましても、現時点では予定通り開催の方向で考えてはおりますが、今後の状況によりましては延期となる可能性がございます。

今後の予定につきましては決定し次第、こちらのサイトの「お知らせ」欄とTwitterアカウントで随時お知らせするとともに、該当する支援者の皆さまには個別にメールでお知らせさせていただきます。

スケジュール等を決定する際にはどうか情報を逐一ご確認の上、ご判断くださるようお願い致します。

楽しみにお待ちいただいていた皆さまには大変残念なお知らせではございますが、主催者としましても断腸・無念・切実な思いでおります。

何卒ご理解とご了承をいただきますようお願い申し上げます。

映画ご支援募集を締め切りました

夜想忌シネマプロジェクト、映画『夜想忌』へのご支援募集は3月6日(金)をもって締め切りました。

1期2期合計で83名もの方々から熱いご支援をいただきました。

まことにありがとうございます。

追悼イベント〈夜想忌〉の会場から生まれたこの企画が、森田童子ファン・ご賛同いただいた皆さまからの資金参加でもうすぐ完成します。

手前味噌ながら、こうしてファンの方々と協力し合って映画作品として残せることは、トリビュートとしては最上の部類ではなかろうかとイチ森田童子ファンとして感慨深く思ったりしています。

ただ、残念なのは新型コロナウイルスの影響です。

試写会の延期など大幅な変更を余儀なくされており、もしかすると4月25日(土)開催予定で準備を進めてきた〈夜想忌3〉自体の開催も延期せざるをえない可能性があります。

情報を冷静に整理しながら、状況を注視し、変更等がある場合は随時お知らせしてまいりますので、どうか当サイトや主催者Twitterにてご確認ください。

なお、ご支援いただいた皆さまにはここ数日のうちに、スケジュールの変更や現況につきましてご説明するメールを個別に送らせていただきますので少々お待ちください。

この度の皆さまからのご支援に深く御礼と感謝を申し上げますとともに、引き続きのご協力とご理解をお願い申し上げます。

思いのこもったキャスト&スタッフ

映画『夜想忌』は佐伯日菜子さん、宇乃徹さん、笠原珠里杏さんの出演、そして高橋惠子さんが特別出演してくださいます。

監督はこの夏『痛くない死に方』(柄本佑主演)の公開を控えている高橋伴明さん。

原作は『花まんま』で第133回直木賞を受賞した朱川湊人さん。映画『夜想忌』のためにオリジナル短編小説を書きおろしてくれました。

森田童子さんがつなげてくれたご縁が、クリエイティブな実を結ぼうとしています。

内田雄一郎さんが夜想忌ロゴをデザイン

筋肉少女帯のベーシストにして、夜想忌2では森田童子のテクノカバーも披露していただいたあの内田雄一郎さんが、新たに夜想忌のロゴをデザインしてくださいました。

森田童子マニアを自称しつつ、その新しい可能性を表現している内田さんの手によって〈夜想忌〉の象徴が刻まれたことは、この上ないベストマッチでありましょう。

内田雄一郎さん、ありがとうございます。

製作日記を連載中

映画『夜想忌』の舞台裏もわかる、製作日記を本サイトに連載しています。

毎日更新とはいきませんが、〈夜想忌3〉が終わるまではなんとか続けたいと思っています。ひとときお楽しみください。

毎日新聞に記事掲載

「毎日新聞」エンタメノートのコーナーで、映画『夜想忌』について、また森田童子とのエピソードなどを、高橋伴明監督が語ったロングインタビューが掲載されています。
毎日新聞さんありがとうございます。

amassに記事掲載

音楽情報を中心としたニュースサイト「amass」で、夜想忌3の開催と夜想忌シネマ始動についてお取り上げいただきました。
amassさんありがとうございます。

映画ナタリーに記事掲載

映画やドラマに関するニュースサイト「映画ナタリー」で、夜想忌シネマ始動とご支援募集についてお取り上げいただきました。
映画ナタリーさんありがとうございます。

ご案内

当サイトは、1975年から1983年までシンガー・ソングライターとして活動し、2018年4月24日に逝去した
森田童子の追悼イベント〈夜想忌〉について記録するサイトです。

〈夜想忌〉というのは森田童子の忌日名として主催者が名づけたものです。

〈夜想忌〉および当サイトの運営は「森田童子を支持する会」の名称で行なっていますが、実質的には個人です。

また、会の名称はかつて森田童子が現役時代に存在したファンクラブと同名のものですが、
ファンクラブはずっと前に解散しており、関係はありません。

ご注意

当サイト内の画像、映像、テキスト等すべての複製および無断転載・無断使用を禁じます。

当サイトで使用している森田童子さんの画像は権利者から管理を一任されているものです。

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yasoki.info★gmail.com

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※いずれも返信を約束するものではありません。

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